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神戸地方裁判所 平成6年(ワ)657号 判決

反訴原告

伊勢田三郎

反訴被告

平田博章

主文

一  反訴被告は、反訴原告に対し、金二七八万六四九三円及びこれに対する平成三年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を反訴原告の負担とし、その余を反訴被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

反訴被告は、反訴原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負つた反訴原告が、反訴被告に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を求める事案である。

また、付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

なお、反訴被告(本訴原告)から反訴原告(本訴被告)に対して、本件事故に関する損害賠償債務が存在しないことの確認を求めた本訴事件は、訴えの取下げにより終了した。

二  争いのない事実等

1  交通事故の発生

(一) 発生日時

平成三年一月一九日午後七時四五分ころ

(二) 発生場所

神戸市西区池上三丁目三番地の一先路上

(三) 争いのない範囲の事故態様

反訴原告は、普通乗用自動車(神戸五二な六九一三。以下「反訴原告車両」という。)を運転し、右発生場所の道路を南から北へ直進しようとして、信号待ちの他車両に追随して自車を停止させていた。

そこに、反訴被告運転の普通乗用自動車(神戸五三は八二四一。以下「反訴被告車両」という。)が、後方から追突してきた。

2  責任原因

反訴被告は、反訴被告車両の運行供用者である。

三  争点

本件の主要な争点は、次のとおりである。

1  反訴原告が負つたと主張する傷害と本件事故との因果関係

2  反訴原告に生じた損害額

第三争点に対する判断

一  争点1(因果関係)

1  甲第二ないし第五号証、乙第一、第二号証、検乙第一ないし第一六号証、証人田中義之の証言、反訴原告及び反訴被告の各本人尋問の結果によると、次の事実を認めることができる。

(一) 前記争いのない事実等のとおり、本件事故の直前、反訴原告車両は、本件事故の発生場所の道路を南から北へ直進しようとして、信号待ちの他車両に追随して停止していた。

また、反訴被告車両は、反訴原告車両の直後に停止した。

そして、前方の信号が青色に変わつたため、反訴被告が反訴原告車両も前進すると思つてクラツチをつなぎかけたところ、未だ反訴原告車両は前進を開始しておらず、反訴被告車両の前部が反訴原告車両の後部に追突した。

なお、右衝突の衝撃により、反訴被告車両の左前方向指示器が割れて、その三分の二ほどが路上に落下し、左前バンパーに擦れたような痕がのこつた。また、反訴原告車両の後ろバンパーの下側には窪みが生じた。

(二) 本件事故の直後、反訴原告と反訴被告とは本件事故を警察に届け出たが、反訴原告はたいした痛みをおぼえなかつたため、物損事故として取り扱われた。

ところが、しばらくして反訴原告は頸部に痛みをおぼえ、平成三年一月二三日から、柔道整復師の資格を有する者のいる岩本接骨院に通院した。なお。右通院期間は、同日から同年二月一八日まで(実通院日数一六日)であつた。また、同院では、頸部捻挫と診断され、筋異常緊張、運動痛が認められ、神経症状、可動制限は認められなかつた。そして、同院における施術の内容は、低周波及び手技療法であつた。

(三) 反訴原告は、同月一九日から平成五年六月四日まで(実通院日数四三三日)、田中整形外科に通院した。同整形外科の医師である田中義之は、反訴原告の傷病を頸部捻挫と診断し、レントゲン線像において、第四、第五頸椎間に狭小を認めた。また、同整形外科の治療は頸部牽引が中心であつた。

(四) 右田中義之医師は、平成五年六月四日、反訴原告の症状が固定した旨の診断をした。

右診断書(乙第二号証)によると、反訴原告は、頸椎に運動痛、可動制限を残す、両側大後頭神経に圧痛あり、腱反射は正常であるが握力が低下している(右二五キログラム重、左二六キログラム重)、X線検査にて、第四、第五頸椎間の軽度の狭小化を認めるとされており、「頸椎に頑固な神経症状を残すものと認む」と記載されている。

(五) 自動車損害賠償責任保険の後遺障害等級事前認定手続において、自動車保険料率算定会神戸調査事務所長は、平成五年一二月七日、反訴原告の後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表に定める等級に該当しない旨の認定をした。

2(一)  ところで、椎間の狭小化については画像検査等により客観的な異常所見が得られること、椎間の狭小化は加齢的変化によつても発症することがあるが、その発生原因は医学的には未だ解明されていないこと、交通事故の後に椎間の狭小化が発症することがあること、この場合にも、椎間の狭小化と交通事故による外傷との医学的因果関係は不明であるとの診断が下されるのが一般であることは、いずれも当裁判所に顕著であり、本件において、証人田中義之も、反訴原告の右椎間の狭小化が、本件事故によつて生じたものか、加齢的変化によつて生じたものかは不明である旨を証言する。

そして、不法行為による損害賠償請求にあたつては、被害者である反訴原告が、加害者の加害行為と自らの被つた損害との間に相当性を有する因果関係があることを主張・立証する必要があるところ、右に述べたように、椎間の狭小化は加齢的変化によつても発症することがあつて、その発生原因は医学的には未だ解明されていないのであるから、本件事故後に反訴原告に椎間の狭小化が生じたとの一事をもつて、これと本件事故との間に相当因果関係があるとすることはできない。

しかし、他方、相当因果関係の存否は、専門家による科学的な所見をも参考にしつつ、最終的には、法的な評価の問題として、裁判所による自由で、かつ、合理的な心証形成に委ねられているのであるから、反訴被告が主張するように、原告の椎間の狭小化と本件事故との因果関係は不明であるとの診断が下されているとの一事をもつて、相当因果関係が認められないとすることもできない。

結局、反訴原告の椎間の狭小化と本件事故との間の因果関係の存否は、右の点を念頭において、本件事故が反訴原告に与えた衝撃の程度、受傷後の反訴原告の症状、治療経過等一切の事情を総合的に判断して決するのが相当である。

(二)  1でした認定によると、本件事故により、反訴被告車両の左前方向指示器が割れて、その三分の二ほどが路上に落下したのであるから、反訴被告が主張するように、本件事故は単なる接触程度のものであつたとすることはできず、むしろ、相当程度以上の衝撃が反訴原告車両及び反訴原告の身体に加えられたと推認するのが相当である。

そして、これに右認定の受傷後の反訴原告の症状、治療経過等を併せ考慮すると、反訴原告の右治療と本件事故との間の相当因果関係は、優に認められる。

ただし、(一)で述べたように、椎間の狭小化の発生原因は医学的には未だ解明されておらず、反訴原告が本件事故直後に医師の診断を受けずに仕事を続けていたことや反訴原告の身体的素因が、椎間の狭小化による症状増悪の一要因となつたことを推認することができる。

そして、このような場合には、いわゆる割合的因果関係があるものとして、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用するのが相当であり、右認定の一切の事実を前提にすると、反訴原告に生じた損害の八割を本件事故に基づく損害として反訴被告に負担させるのが相当である。

二  争点2(損害額)

争点2に関し、反訴原告は、別表の請求欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、反訴原告の損害として認める。

1  損害

(一) 治療費

乙第三号証、第八ないし第一三号証によると、岩本接骨院の治療費が金八〇〇〇円であること、田中整形外科の治療費が金一三九万八六一七円であることが認められる。

したがつて、治療費は、右合計金一四〇万六六一七円である。

(二) 通院交通費

反訴原告は、通院一日につき金三〇〇円の割合による通院交通費を請求する。

しかし、右通院のための交通手段については何らの主張もなく、これをうかがわせる証拠も全く提出されていない本件においては、これを認めることはできない。

(三) 休業損害

乙第五号証(納税証明書)によると、反訴原告の平成二年分の申告所得額は金二四〇万一〇〇〇円、平成三年分の申告所得額は金二三三万七〇〇〇円、平成四年分の申告所得額は金二五〇万三四〇〇円であることが認められるから、本件事故による休業損害は、平成二年分と同三年分との差額である金六万四〇〇〇円とするのが相当である。

なお、甲第六号証(反訴原告が、本件訴訟提起前、所属する東播建設労働組合を通じて、保険会社に提出した書類)には、平成三年五月から平成四年六月まで、合計八六日間休業した旨の記載があるが、乙第六号証の一(反訴原告の手帳)には、平成二年一一月は二四日、一二月は二三日とする記載があり、これは右各月の就労日数であると推認されるから、甲第六号証記載の休業日数をすべて本件事故と相当因果関係のあるものとは認めることができない。

(四) 逸失利益

反訴原告本人尋問の結果によると、右尋問がされた平成七年六月六日現在、反訴原告には痛みは全くないことが認められ、さらに、乙第五号証によると、反訴原告の平成四年の申告所得額は、本件事故前である平成二年の申告所得額を上回つていることが認められるから、反訴原告の後遺障害による逸失利益を認めることはできない。

(五) 慰謝料

前記認定の本件事故の態様、反訴原告の傷害の部位、程度、後遺障害の内容、その他本件に現れた一切の事情を斟酌すると、本件事故により反訴原告に生じた精神的損害を慰謝するには、金一七〇万円をもつてするのが相当である。

なお、前記のとおり、自動車損害賠償責任保険手続においては、反訴原告の後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表に定める等級に該当しない旨の認定がされているが、当裁判所は、反訴原告には後遺障害が残り、これに対応する慰謝料は、右金員のうち金四〇万円をもつてあてるのが相当であると判断した。

(六) 小計

(一)ないし(五)の合計は、金三一七万〇六一七円である。

2  割合的因果関係

争点1に対する判断で判示したとおり、本件においては、いわゆる割合的因果関係があるものとして、反訴原告に生じた損害の八割を本件事故に基づく損害として反訴被告に負担させるのが相当である。

したがつて、反訴被告が負担すべき金額は、次の計算式により、金二五三万六四九三円となる(円未満切捨て。)。

計算式 3,170,617×0.8=2,536,493

3  弁護士費用

反訴原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、反訴被告が負担すべき弁護士費用を金二五万円とするのが相当である。

第四結論

よつて、反訴原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表

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